目の前で、色素の薄いおにーさんが、へらり活気なくだらしなく、笑っている。



「・・・」
「やはははは、愛の力ってぇヤツですか?
 安っぽいケータイノベルを彷彿とさせるね!」
「・・・あの、すこし、黙ってもらえます?
 いままだ混乱しているんです」






 夏期講習帰り。
 阪急とJRと地下鉄の駅、それぞれが近く、一言『駅前』で済むようなゾーン。
 行きかう人々はせわしなく歩む、まるで競歩だ。



「何度も言わせるなよ、2回。
 俺は幽霊だって」
「うそ」
「汝疑う事なかれ」
「・・・」
「ほれほれ」



 笑いながら、彼は地下鉄へ続く階段、その手すりに手をかけ─・・・ようとした。
 すわら。
 触れない。



「無生物はすべて気体のように触れることが出来ない。
 これが幽霊の特典その1な」
「特典って使い方ちがう!」



 幽霊にツッコミを入れた。
 わたしもなかなか侮れない。



 むしろ、幽霊を目の前にして逃げないわたしに、自分自身で敬意を表したい。



 地下鉄への階段、落下防止の外壁を背にへたり込む。
 これは腰が抜けているというやつなのだろう。
 日差しが眩しくて日射病になりそう。
 自称幽霊の彼が目の前にしゃがんでいる。
 影が、ない。
 日差しが透ける。
 まぶしい。



「で、生物は触れられるのな」
 花壇のナツスミレに触れる。
 ぷちりとむしる。 
 あ、いまひとつの生命が断たれました。
  ひらり                 と。



ナツスミレは、生命を失ったからか。
彼の右手からだらりとひらりと、落下した。






「・・・えっと、その、幽霊さんが」
「飛彦」
「トビヒコ?」
「俺の名前」
「・・・飛彦さんが、なんの御用ですか? わたしは幽霊を成仏させたことなんかありません」
「いやいや、あんたの名前はよ」
「・・・、夏香」
「地上絵」
「それナスカです」



 言葉がかみ合わない。
 会話が成り立たない。



「用ってのはさ、俺がみえるひとなんてはじめてだったから」
「わたしだって幽霊を見るのなんて初めてですよ、というか霊感ないはずです」
「なるほど、・・・とり憑いた対象人物には俺の姿が見えるわけだ」
「と、とり憑いた?」
「うん」
「わたしに!?」
「うん」
「・・・」
「ひとにとり憑くのは初めて」
「・・・」
「いっておくと顔で決めた」
「・・・」
「一目惚れって奴」
「はぁ、ありがとうございます?」





 SOS、SOS。
 変な人がいます。
 もとい、変な幽霊がいます。
 しかも憑かれました。
 救助、お願いします。



 飛彦は見るからに暑いダッフルコートを着ているが、彼自身は暑そうではない。
 幽霊になったときの格好だろうか。



 怪しい。



 見るからに危険人物。
 けれど、行き交う人々には飛彦が見えないのだろう、何もリアクションがない。
 せいぜいわたしのほうを見て「フリョーだ、ジベタリアンだ」とか思うくらいなのだろう。






「・・・と、ね。 幽霊、なんだよね?」
「それ3回目」
「・・・浮いたりとか、できる?」



 もっとほかに言う事があるだろうに、やっとの第一声はそれだった。



「無理。 足あるし」



 残念。



「あるんだ」
「おう。 歩けるぞ」



 意外。



「外傷とかないの?」
「酸欠だったから、無い」



 安堵。



「・・・いやさ、とり憑かれたってのに随分まぁ呑気だな。 豪気なのか?」



「ううん、実感涌かないだけ。 実感わいたら、きっと逃げるかもよ。 陰陽師とか呼んで、払ってもらうかもよ」



 そりゃ大変だ、と飛彦は薄く口角だけで笑った。
 口角笑いの似合う人だと思った。









「じゃ、さっさと実行しておこうかな」



 がし。
 手首をつかまれた。
 あ、生命のあるものは触れられるんだっけ。
 手を握るのじゃないだけ紳士だなと場違いにも一瞬だけ思って、我に返る。



「なっ!? なぁッ!?」
「目ェ瞑ってろよ」
「へ!?」



 言うと走り始めた、わたしは引きずられる形になる。
 膝の上においていたカバンがばたりと落ちた。



「なっ!? なな、なにっ!?」



 やはり男性なんだろう、わたしの手首をつかんだまま走っているというのに、スピードが早い、かなり早い。 ていうか折れる! いたいです!



「ら、拉致ですかぁ!?」
「にゃ、違う」



 横断歩道、なかなか信号が変わらないために立ち止まっている多くの人たちを突き飛ばすような形で突っ切る。
 だん、どん、と彼に背中を押されただけで、人々がその場でつんのめる。
 そうスペースをつくって突っ切っていく。 いったいわたしはこの人々にどう見えるんだろうか。



 突っ切ると、
 え?






「一目惚れって言っただろ?」



「・・・・・・あ」












 しゃどう、
 トラック、
                      あ、
      クラクション、
                                     わ、
        わぁ、
             きいろいひめい、
 からだのみぎがわ、
                                    いっしゅんだけいたい、
                             はねる、
                     とばされる、
         ひゅんとそら、
 あおい、
                       まぶしい、
                                                 ひかりがしろい、
 おちる、
 がんというおと、
                              せなかをつよくうった、
                      アスファルト、
           せなかがあつい、
                   いたくないあつい、
           そらいちめんがみえる、





 まぶしいなにいまのわたしあれ、
 

あれ?






 にへらり、
 こうかくとめをうすめて、
 飛彦がわらっていた。

























































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